『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』 約8分のスタンディングオベーションに沸いたヴェネチア!

鬼才・塚本晋也監督の最新作『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』が、第83回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に正式出品され、現地時間9月4日(金)にワールドプレミアが開催。会場には塚本晋也監督をはじめ、主演のロドニー・ヒックス、『シャイン』『英国王のスピーチ』などで知られるアカデミー賞®俳優ジェフリー・ラッシュらが登壇。公式記者会見、フォトコール、レッドカーペットも行われ、世界中から集まった映画関係者やメディアが本作に注目するワールドプレミアとなった。

© Kazuko Wakayama

公式記者会見には塚本晋也監督、精神科医ニール・ダニエルズのジェフリー・ラッシュ、アレン・ネルソン役のロドニー・ヒックスらが出席。会場には世界各国約100名以上の記者が集まり、事前に本作を鑑賞した世界各国の記者からはその衝撃の大きさを物語るように、次々と質問が寄せられた。


まず「戦争におけるPTSDを取り上げようと思った理由は?」という質問に対し、塚本監督は「10年前に『野火』の製作時に出会ったのが本作です」と語り始めた。「アレン・ネルソンさんというアフリカ系アメリカ人のベトナム戦争体験を描いた本だったのですが、その本に出会ってショックだったのは、戦争で起こることを正直に、そのまま赤裸々に語っていたことです。加害者側の目線で描かれていたことにも非常に大きな驚きがありました。それを映画にするのは非常に難しいと思いましたが、映画にして、なるべく多くの皆さんに観てもらうことは非常に大事なことだと思い、この映画を作りました」と映画化の原点を明かした。

「この映画をやりたい」と思った理由

出演者の2人には原作からどのような人物像を見いだし、そして演じるにあたりどのように役と向き合ったのか質問が飛んだ。ロドニーは初めて脚本を読んだときから「この映画をやりたい」と思ったと話し、「これまで私たちがあまり目にしてこなかった(加害者)視点から、物語が描かれていたからです。アフリカ系アメリカ人の退役軍人が戦争から戻った後の物語を描いた作品は初めてです。また、PTSDというテーマがここまで描かれることもありませんでした。塚本監督がご自身の演出によって、フィルターを通さず、正直に物語を描いてくれました。本作においても、人間性というものが重要なテーマになっていると思います。何が正しく、何が正しくないのか。その根底にある問いを通して、私たちの日常をどのように見つめ直すことができるのか――。この映画には、そうしたことを考えさせる力があると思いました」と回答。

一週間という限られた撮影期間のなかでアレン・ネルソンの回復に挑むという密度の高い役に臨んだジェフリーは「塚本監督から、演じる前によく質問をされました。50年役者をやっていますが、そうした質問から大きなパワーを感じました。撮影のリズムやペース、そして監督の純粋なオープンさが、素晴らしい環境を作ってくれました。カメラがまるで消えていくように感じられる環境で、撮影中は私たち二人だけでいるような感覚でした」と振り返った。さらに塚本監督ついて2人は「まさに格別でした。丁寧で穏やかで、親切で禅の達人のようでした。」(ロドニー)、「事前ミーティングであらゆる言語でやり取りを終えると塚本監督からは『おぉ!』という驚いたような声が聞こえてくるんです。その一声のトーンだけで、監督が何を考えているのかが伝わってきました。『ああ、あなたが探求しようとしている方向性がわかりました。撮影現場で、それを一緒にやっていきましょう』という反応を返してくれる。そんな監督とのやり取りが、とても印象に残っています」(ジェフリー)と答え、その人柄を称賛した。

昔も現代も、その悲劇性は変わらない

塚本監督には本作に込めた想いや現在各地で行われている戦争についてどのような考えを持っているか質問が集中した。塚本監督は「ドローンなどのテクノロジーによって、加害者側の意識や戦争との距離感が変わってきていることは、ひとつの恐ろしい出来事だと思います。ただ、よく考えてみると、加害者側のあり方が変わっても、被害者側は、内臓が飛び散り、目が飛び出し、家族が悲しむ。昔も現代も、その悲劇性は変わりません。いろいろなものが変化してきていますが、被害者がどのような思いをしているのかを想像することが、非常に大事だと思います。テクノロジーが進み、被害者との距離がどんどん遠くなることで、加害者側の意識が薄れてしまうことへの心配はありますが、被害そのものは変わらないということを、よく考えてほしい」と語った。
 

「本作を回想形式にし、あの恐ろしいほどの苦しみとの対比を描いたのは、どのような意図があったのでしょうか?」という質問には「最初は時系列に沿って脚本を書いていました。ただ、かなり膨大で重い物語だったため、映像としても少し重たくなってしまう可能性がありました。脚本を書き進める中で、物語が長く、扱う範囲も広すぎると感じ、短縮する必要があると考えました。そこで、アレンとダニエルズのセラピーのセッションの中に回想シーンを入れることで、物語の流れをスムーズにすることができました。映画の構成という観点からも、これは良い選択だったと思います」とその構成に込めた意図を明かした。

記者会見が終了の合図がされると、各国の記者が塚本監督のもとへ一斉に駆け寄り、本作への関心の高さがうかがえる盛況ぶりとなった。国境を越えてさまざまな問いが寄せられるなか、塚本監督は一つひとつの質問に真摯に答え、本作に込めた思いを丁寧に伝えた会見となった。

塚本監督、4度目のコンペ正式出品! ヴェネチアで迎えたワールドプレミア上映は約8分のスタンディングオベーション!

レッドカーペットに登場した塚本監督とキャストには、会場に集まった世界各国のファンから次々とサインを求める声や熱い声援が飛び交った。監督とキャストも笑顔で応えながらファンとの交流を楽しみ、いよいよワールドプレミア上映の会場へと向かった。

塚本監督のヴェネチア国際映画祭において出品(上映)はこれまで10作品以上あり、コンペティション部門への正式出品は『鉄男 THE BULLET MAN』(09)、『野火』(14)、『斬、』(18)に続き4回目。受賞歴は2002年に『六月の蛇』コントロコレンテ部門(※1)審査員特別大賞、2011年に『KOTOKO』でオリゾンティ部門オリゾンティ賞、2023年に 『ほかげ』 オリゾンティ部門NETPAC賞受賞(※2)と3回、審査員も2回務めるなどヴェネチア国際映画祭とゆかりが深い。そんな塚本監督の新たな挑戦を見届けようと多くの観客が詰めかけ、会場は満席に。世界中から注目を集めるなか、いよいよ本作の上映が始まった。上映中、観客は固唾をのんでスクリーンを見つめ、場内は静かな緊張感に包まれていた。本編上映終了後、エンドロールが始まると観客が一斉に立ち上がり、鳴り止まない拍手と歓声が沸き起こり、スタンディングオベーションは約8分に及んだ。大きな熱気に包まれた会場の様子に塚本監督とジェフリーは感動の面持ちで観客を見渡し、ロドニーは感激のあまり涙を流す姿を見せた。

上映終了後の囲み取材で塚本監督は観客の反応に確かな手応えを感じた様子。「企画自体がチャレンジングで、多くの会社の方が簡単に許可を出してくれるような企画ではなかったため、実際に上映してみるまで、どのようなリアクションがあるのかはわかりませんでした。そのうえで今の世界に必要な映画だという確信はありましたが、加害者の視点から描いた本作が、どこまでお客様に受け入れてもらえるのか未知数でした。だから今日、実際に上映して、お客様に伝わったという感触を得られたので、本当に良かったなと思います。そしてロドニーとジェフリーの2人と映画祭に来れたのが嬉しくて光栄に思います」とコメントした。

深いゆかりのあるイタリア・ヴェネチアでの上映について塚本監督は「緊張するというよりホームグラウンドに戻った安心感がある。第2の故郷みたいな感じで、温かい雰囲気で上映できたのが嬉しい」と笑顔を見せた。記者からは上映後の観客の反応を受け、「映画には戦争を止める力があると、今回の上映を通してどのように確信を持ったのか」との質問が投げかけられた。ジェフリーは「本作のシーンには、問いかけるシーンが非常に多く入っています。それは映画の中での質問であると同時に、観ている人たちにも疑問を投げかける問いになっていたと思います」とコメント。一方で「これで戦争を止められるかというと、非常に難しい。むしろ今の時代は、ひどくなっている気がします」と率直な思いを語った。

それでも約8分のスタンディングオベーションをはじめとする観客の反応を目の当たりにし、「今日の観客の反応を見て、“なぜ私たちは戦争をするのか”という疑問を、本作は多くの人に投げかけることができたと思います」と戦争について考えるきっかけをつくることができたのではないかと語った。またロドニーは、「ある種の観客に対して、種まきができたのだと思います。これからどのような形で水をあげていけば、そこから何かが芽を出すかもしれないと思います」と本作が観客一人ひとりの心に問いを残し、そこから何かが生まれていく可能性に期待を寄せた。そして塚本監督は「僕は戦争を止めようというくらいの気持ちでこの映画を作っています。観ていただいた方に、頭で考えるだけではなく、体で戦争の恐ろしさを感じてもらい、本能的に戦争を拒否するような体感を持ってもらいたいと信じて作っています」と強い想いの一方で、「実際にジェフリーが言ったように、今の世の中の状況を考えると、自分が強く投げたと思っている石つぶが、吸い込まれてしまうのではないかという気持ちが今日までありました」と抱いていた不安を吐露。しかし観客からの大きな反響を受け、「もしかすると、戦争を止められるかもしれないという気がしました。そのためには少しでも多くの人に観てもらって、戦争を決める上の人たちのことを止められることはできる。なるべく多くの人に観てもらうことができれば、もしかすると戦争をかなり止められるのではと今日のリアクションを見る限り、感じました」と戦争のない未来へとつながっていくことを願う塚本監督の思いが改めて語られた。

※1: 現在のオリゾンティ部門。
※2:Network for the Promotion of Asian Cinema Award)の略。世界の映画祭において優れたアジア映画に授与される「最優秀アジア映画賞」

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
9月11日(金)よりkino cinéma新宿ほか公開
(C)Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners (C)Allen Nelson/KODANSHA

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